身体と意識と魂



「身体は意識に繋がって一体になり、深い魂にも届く」

本当はもっと、より感覚的なものなのだけど
言葉にするとこんな感覚を知りました。

この感覚を通して、自分の生活に現れた変化3つ。


ひとつは、

自分が選んだ届ける・繋がる方法、
その中の自分が歪んでいるところを自分で見てしまうとやめたくなる。
「こうじゃないな、、」って。

身体・意識・魂がひとつになったような感覚を覚えると
振り向くと、自分の歪みはフェイドアウトしていっているようです。

繋がり方は心地良いのがいい。


ふたつ目は、

魂に「外側はない」ということ。
年齢とか性別とか経験とか立場とか…
魂はそういう概念を知らないというか。
そうすると人が愛おしく感じるし、
大きな大きな巨大な何かの中にいる同士なんだって感じてる。
そして他の魂さんたちに私の魂が寄り添える何かをし始めた。
もうそうせずにいられない。
これが最近得た一番大きな気付きみたい。


みっつ目は、

誰かの中で遊ぶ自分の意識があることに気づく。

誰かの意識の中で遊ぶ、他の誰かの意識が見える。

それが、快感。
見えたり気づくと、それはもう自分だし。
それに何か歪んだ力を加えるのは
自死と似た行為だって思える。


だから、

心が身体が本当に喜ぶことしかきっともう出来ない気がします。

言い訳することなく
誰かの定規にすがることなく
守ることなく
名前を付けることなく
引き出すことなく
操ることなく

私にとっての「自分に嘘をつかない」っていうのは
正直とは違う気がします。
生きてるんだから怖くてもいい、
自分が本当に喜ぶことをひとつひとつ自分で感じながら歩いてくことかな。
ひとつひとつの自分にOK出せてる時ってこれ以上ないくらい嬉しいし快感。

なんとシンプルなんでしょう。

やっぱり人と関わる中でそれは得られる。
場の意識ってすごいよね。



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