「その一瞬」に気づく

sofaraway

ずいぶん長い間、
心の中で痛みをを感じていた塊。
「何で?」ってずっと理解できなかった塊。

ある時、その塊たちの先に、ふと

「そっか…」って

本当に願っていた
すごく欲しがっていた
そんな世界が

突然見えてくる瞬間がありませんか?
まるで現実にあったことのように。

大きな塊の正体が見えてしまうと
周りの小さな塊もいっしょに
はらはらはら・・・と
剥がれ落ち始め

塊たちの正体も、塊で見えなくしていたその先の景色も
みんな「自分の一部なんだ」って思えたら嬉しくなりました。

「そうだよね、おまえ(私)って、そんな人だよね~~。」って。

自分がどこか遠くへワープしたような
でも故郷へ戻ってきたような

塊といっしょに旅してきた数年が
一気に温か~いセピア色になったような
そんな感覚に包まれ

情熱に似ていた何かや、ないことを気にする心は、消えつつあり
虚無と安堵が、いっしょにやってきた。

遠いのに近い。
冷めてるのに愛おしい。

言葉にするとそんな感じ。

こんな平安をいただきつつあるワケ
痛みが平安に化けたワケはきっと・・・



和尚(バグワン・シュリ・ラジニーシ)というインドの瞑想者がいて
昔、彼の本を何冊か読みました。

その中には、特に印象深くて、 今でも時々生活に取り入れてることがいくつかあります。
その一つ、、もう25年以上も前のことだから
実際にはどんな言葉でどの本に書かれていたことか、すっかり忘れているんだけど。

『自分をありのままに観察する。』
みたいなこと。

「今、自分はこう感じてるな。」ってただ観察するだけなんです。

その後いろいろ試してみて思うのは、
こういうのちゃんと意識するのって難しいというか
色んな人との関わりや色んな出来事で、
いつも何か「その」ことで頭中いっぱいいっぱいになって
感じてることに気づいてないことってあると思うんです。

「その一瞬」の意識に気づく。

感じていることを「捕まえる」って感じでしょうか。

ここ1ヶ月ほど、特に意識してそれを繰り返してきました。
何故かは分からない。
そうしたかったのでしょうね。

カタマリが溶け始める瞬間に出逢えたのは
きっとそのおかげ。
不思議ですか?でもよかったらやってみてくださいね。気楽~に根気強く。


ここまで書いてふとFacebookを見てみたら
ピアニスト高橋全さんの投稿が目に飛び込んできて
若干シンクロな感じがしたのかな、なんだか泣けました。
泣ける理由は分からないし分かる必要もないし
泣けて心が温かくなる。生きてる証。
それだけでいいと思いました。

個人FBだけど公開設定になっているからFBされてる人はよかったら2015/12/14の投稿を読んでみてください。 (こういう投稿はFBアーティストページにも上げて欲しいんだけどな。笑)

So Far Away
その投稿で紹介されていた、高橋全さんがとあるピアニストに捧げた曲です。




表現する人ってやっぱりいいですね。
日本で時代を表す言葉としてよく使われる「一億総○○」を借りるとしたら

「一億総アーティスト」

だったら素敵だな。

ピアノが弾けなくっても、
絵が描けなくっても、
歌がヘタクソでも。 なにかあるでしょう。

人と接している中で、その人独特の表現とか生き様が見えた時かな、
私が一番ドキドキするしその人を好きになる時って。
老若男女、遠い近い、関係なく、誰であってもね。
そんな表現を求めてもう何十年になるんだろう・・・・・。



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