映画を見るように、流れる景色とコラボする

2015-11-10

映画を見ている時、自分はどこにいます?

映画って

自分は客観的に主人公になりながらも、
頭の中の仮想空間での感覚だから
背景や人や物が、物語として自分の周りを流れて行く感じがすると思います。

「非現実の中の現実」のようであり、
「現実を見ている非現実の自分」みたいな感じでもある。

同じように、

自分に起こる日々のことも「流れゆく感覚」で捉える。
そうすると面白いな、と思ったんです。
なんか楽だし楽しいし。

もちろん、その渦中にどっぷり浸かりきる時間も必要ですけど。

「流れゆく感覚」をもっと言うと、
他人事というわけではないけれど
自分が二人いて、

一人は主人公を演じてる自分そのもの。
で、もう一人の自分は、観客になったり監督になったり。

決して逃避ではないんですよ?
だし、他人に流されてる風船みたいな生き方でもないと思う。

把握できないことも、嫌なことも
物語がどんどん変化していくなら取りあえず吉とする、みたいな。


そしてやっぱり、物語は面白い方が断然良い!

だから、

興味深い人とか、
自分とまったく違う感覚の人とか
未経験ゾーンな状況とかが増えると
さらに物語が多彩に!

で、その面白い物語は、自分で描くだけじゃなく
物語が自分の周りを流れてるという見方をプラスするといいと思う、ってことです。

監督だったら、そもそも流れ全体を上から見てるんだと思うし、
観客という受け手なら、流れの変化を楽しんでるんだろうし。



車の運転にも応用できます。

急いでいたりして、前のめり目で運転している時って
周りの景色はあんまり動かないんです。

で、、、すごく疲れる。

でも、変なチカラが抜けてる時って
まるで自分は止まってるようで
景色だけが流れるように動いてるみたいに感じる時がある。

こういう時は、妙な疲れ方をしない。

レースとか、特殊な環境のことは分からないけど
いろんな条件の中をワリと日常的に運転してる私が言うことだから
信憑性あると思いますが、どうでしょう。

いろんな条件=物語の多様性ってことで。
自分の人生を演者だけじゃなく、観客とか、監督とか、いろんな所から
見てみるのもいいじゃないですか。

そして物語全体を、流れる景色として見てる自分がいてもいいじゃない?って思った訳です。
映画みたいに。

ある意味、これも瞑想的と言えると思うんです。


音楽は・・・

流れる景色の中で
ちゃんと覚醒しながら
でも脱力状態での運転。
そんなイメージの曲をどうぞ♪

WIM「Only A Step」(healing Jazz)




アイキャッチ画像は・・・去年、どこだろう。娘といっしょの時だから中央道下りかな?


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