心ひらく時


しみじみしたことがありました。

娘を通して知り合った同世代のとある若者。

その笑顔の中に、礼儀正しさの中に、押し込んで隠している深い悲鳴を聞きました。
そしてそこには、時間をかけて自分で傷を希望に変えようとしている懸命な心がありました。

そんな話を聞いている時、完全に自分の心も全開になってる。
生身の人間として、見守ること、心開いてくれて話を聞ける喜び。
話しながら半歩でも前へ歩こうとする姿を感じれた喜び。

先生とかカウンセラーの立場じゃなくても
自分にごく近い子達にこんなに寄り添えることがある。
自分がハイティーンだった頃を重ね合わすとそれはとてもリアルで、
その内容には胸えぐられるけど、
話を聞きながら何故か自分も癒やされていることに気づきます。

みーんな持っててあたりまえの傷。
通じ合うのに年代は関係ないんですね。


何の縁もゆかりもなかった信州という地に住み、生まれ故郷にいた年数と同じになりました。
気づけば今住むアパートに引っ越してきて今日できっかり3年。
私はこの地に骨を埋めることはないだろうし、ついに信州人にはなれなかったけど、
親というのは子供を育んでもらった環境への感謝は大きく、
娘にとっては今日書いたみたいな体験をいっぱいしている、この地はまぎれもない故郷。

でも最近思うんです。故郷ってなんでしょうね。
土地というより、心の中にあるものなんじゃないかな。
世代ごとに転々と故郷が変わる流れ者でいい、
自分にとって大切なものを極めていきたいって思うこの頃。
人って独りじゃないもんね。


追伸:
今年の夏の私の身体は梅干し茶漬けでできています。
食欲ないのに痩せないのはなぜ?



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