どうしようもない事情と津波


今日は久々、音楽ではない映像です。

戦争とか、政治とか、エネルギーとか、
いろんな力関係みたいなのは私にはまだ理解できないでいるのですけど
「幸せとは」を考える取り組みということで、
ご紹介させてくださいね。

環境活動家・社会運動家、田中優さんのお話しです。

ウォン・ウィンツァンの千年カフェ vol.3
特別企画「田中優・戦争のカラクリ・平和の実現、幸せとは」part.1



感じたことは、、、、

資源なり利害なり、命に直結する何かを確保するっていう、
どうしようもない「ねばならぬ」があって、
政治っていうのが、相手との関係がベースになってるんだったら
どこの国や組織の誰さんに限らず、みんな「どうしようもない事情」ってのがあるんですよね。

日本の政治家のそれはそのまんま「日本で日本語を話し生きる人みんな」の
「どうしようもない事情」なんだと思う。
で、当然、相手は相手の「どうしようもない事情」がある。

東北地震の時、全てを飲み込みながら迫ってくる大津波に向かって、
突っ込む様に走る車がテレビに映っていて目を覆いました。
あの人には、あの人の、事情があったわけで。

津波の規模とか時間が分からず、何かを取りに戻ったのかもしれない。
パニックで自分がどっちに向いているのか分からなかったのかもしれない。
すべてが分かっていた上で、それでも逢いたい人を残した場所へ助けに向かったのかもしれない。

両者は関係ないけど、でも、すごくダブってしまうのです。
「大きな津波」と「どうしようもない事情」が。


なんでこんな事を書いたかっていうと、

9.11以降、自分なりに世の中のことを考えてみた結構長い時期がありました。

平和を叫べば叫ぶほど、その先で大きな落とし穴に落とされてしまうように思えたし。
保守を叫べば、とてつもない大きな何か飲み込まれることでしか、存在できないように見えた。
両者は、同じゴールへ違う道から歩む人たちが、戦っているようにも見えました。
それぞれが「どうしようもない事情」に絡み取られているみたいに感じました。

結局は、押して押し切ってボーダーを作ることができない者たちは、
この地球からは消えてなくなる定めなのかとも思えました。

そう覚悟した時、私は、集団としてではなく「ひとりひとり」の人としての「心」以外への
興味がなくなってしまった。

「人々は戦争なんかしたくなかった」って田中優さん、おっしゃってましたね。
そいういうことです。

別の方向から言うとすなわち、、
この映像で話している内容をみんなに聞いて欲しい!って思っている
主催者さんの「その心」に、私は気持ちを寄せたいんです。
そういう耳で、講演や対談を聞いていきたいです。

田中優さんのお話し、聞かれたみなさんは、どうお感じになるでしょうか。

これ続きがあるってことで、主催者さんとの「その心の対談」を楽しみにしています。

***

「この地球から消えてなくなる」で連想してしまった追伸:

まったく死を恐れていなくて、気が抜けるほど、あっけらかんと明るい父。
こんな達観はしてないけど、でもちょっと気付きました。
自分も、今この時、心さえどこかで晴れていれば、なんにもいらないし、
無力な自分も不思議なくらいまったく怖くない。
この前書いたみたく「絶望と希望の狭間を抜けて」生きてきたいです。

今回のお話しを聞いていて、また生き方を模索してみたいと強く思いました。
自身、とかく弱者と呼ばれる立場になっているからこそ、
被害者としてじゃない生き方がいいです。

そんな場をみんなで作っていけたらいいな。



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